2010年07月24日

飛ばなかった「富嶽」と帰ってきたはやぶさ~はやぶさ 不死身の探査機と宇宙研の物語


探査機「はやぶさ」の物語です。初刷発行が2006年11月30日ですから、まだ「はやぶさ」が帰還する前に出版された本です。ちなみに購入した本は2010年6月25日の第二刷...ずいぶん間が空いてますね。

もちろん「はやぶさ」プロジェクトの本ではありますが、内容の半分以上はISAS=宇宙研の物語、しかも糸川英夫氏とペンシルロケットから「はやぶさ」を運んだM-Vへ至るロケット開発に費やされており、「はやぶさ」の旅については半分もありません。

糸川英夫氏。はやぶさが目指した小惑星に名前を与えられたこの人こそ、日本のロケット開発のパイオニアであり宇宙開発の父でありますが、僕が糸川氏を初めて知ったのは、太平洋戦争時に計画された超大型戦略爆撃機「富嶽」についての本でした。


「富嶽」とは、旧日本軍の陸軍向けの戦闘機その他軍用機を開発・生産していた中島飛行機の社長、中島知久平氏の発案した、米本土への爆撃を目的とした超大型戦略爆撃機(計画のみ)です。
この本、上下巻で出版されてますが、本のタイトルである「富嶽」について語られるのは下巻の途中から。それまでは中島飛行機の生い立ちとエンジン開発の歴史、そしてそれらに携わった人々について語られます。
この中で糸川氏は、中島飛行機設計部の小山悌技師の元で空力設計を担当。究極の軽戦闘機と言われた「97戦」国民的アイドルとなった一式戦「隼」陸軍初の重戦闘機の二式戦「鍾馗」に携わった後で中島飛行機を退社しています。

実はこの本、類似点が多いです。タイトルメイン(はやぶさに富嶽)がなかなか登場しない。内容のほとんどはそれらを開発した組織の物語。
そしてエンジン開発について重点的に述べられている(個体ロケットは「モーター」と呼ぶそうですが...)点。
その計画がなぜ生まれたか。それまでの環境、当時の日本の置かれた状況、そしてかかわった人々について語られ、なぜその計画が必要だったかについて理解した上で初めてメインが登場!という構成になっています。ですので読むのは大変ですが、そういったバックグラウンドを理解した上での物語は、より理解が深まりまた面白く読むことができます。

「中島のサラブレッド」と呼ばれたエンジン「栄」、奇跡のエンジン「誉」の開発に携わった中川良一氏、「栄」「誉」の燃焼・冷却の実験、「富嶽」用エンジン「ハ54」の開発で活躍した戸田康明氏等もロケット開発のキーマンとして登場します。

この本は、僕のように「はやぶさ」で宇宙開発に興味を持った方にはお勧めします。
posted by kurry at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) |
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